■トゥレット症とは?(トゥレット症候群とは?)
トゥレット症とは、神経系の疾患である運動障害と精神疾患である強迫及び関連症群、神経発達症(発達障害)が複雑に絡み合う主に小児期に発症する疾患であり、その主症状はチックです。
運動チックと音声チックを共に発症しており、両方が一貫して発現していない場合もありますが、少なくとも1年以上にわたってそれらが存在しています。
※以前はトゥレット症候群と言われていましたが、米国精神医学会DSM-5よりトゥレット症と称します。
チックとは?
瞬きや首などを動かす運動チックと、咳払いや声などを発する音声チックがあります。更にそれらは、素早い典型的な単純チックと、ややゆっくりで意味があるかのような複雑チックに分けることができます。
運動チックと音声チックはそれぞれ、突発的、急速、非リズミカル、反復性の運動または発声と定義されています。チックは不随意運動ではありますが、わずかな時間であれば制御できたりする場合もあり、半随意運動ともいわれています。
汚言症(コプロラリア)とは?
暴言や卑猥な言葉、場にそぐわないような不適切な言葉を発してしまう複雑音声チックのひとつです。トゥレット症患者の10~15%にみられ、青年期半ば頃に出現する傾向がありますが、学童期に発症することもあります。
また、汚言症同様に不適切な動作をしてしまうコプロプラキシア(汚行症)という複雑運動チックもあります。中指を立ててしまうチックなどが典型的なコプロプラキシアといえるかもしれません。
トゥレット症ではないチック症とは?
・チックを発症してから1年未満の状態は、暫定的チック症。
・チックを発症してから一年以上症状が存在(常にチックがある場合や、発現や消失を繰り返している場合もある)しているが、運動チックまたは音声チックどちらかしか発症したことがない場合は、持続性運動チック症 or 持続性音声チック症。
■チック発症の原因
チック発症の原因は、本人の心の問題や親の育て方ではなく、生まれつきチックが出やすい脳の性質のためであることがわかっています。
チックは、脳の特定部位の異常ではなく、大脳皮質-大脳基底核-視床-大脳皮質という神経ネットワークの異常という考え方が広く受け入れられており、チック症の患者では、運動を抑制する脳の部位が適切に機能していない可能性が考えられます。
チックを悪化させる要因(チックトリガー)として、生活環境やストレス、心理的要因、その他の疾患・障害など様々な理由があげられます。
■チックは無意識?有意識?
不随意運動とは、自分の意志とは無関係に体が勝手に動いてしまうことをいいますが、チックは自分の意識下で行われている場合もあります。年齢が低い当事者より、年令が高い当事者の方がその可能性が高くなりますが、必ずしも全ての当事者が意識的であるわけではなく、大人になっても無意識でチックが出てしまう方、無意識のチックと意識的なチックが併存する場合もあります。
前駆衝動とは?
多くの当事者は10歳頃までに、チックが起こる前の身体の違和感、ムズムズなどの身体感覚に気付くようになります。この身体感覚を前駆衝動(Premonitory urge)といいます。
チックを出すと前駆衝動はいくらか軽減し、度合いは様々ですがスッキリとした感覚を得ることができます。しかしながらその前駆衝動は直ぐに再発し、延々とチックを繰り返さなければいけない場合もあります。
基本的にチックとは、身体のムズムズなどの違和感(前駆衝動)を解消する為の動作や発声であるともいえるかもしれません。
〈 例 〉首を前後に振る首振りチックの場合、首の後ろ辺りに違和感がある場合が多く(前駆衝動は個々に異なります)、首を動かしたり力を入れることでその違和感がやわらぎます。
この様な前駆衝動が、チックの数だけ身体中あちらこちらに発生する場合もあり、重症患者の場合はより強い衝動に頻繁に襲われ大変辛いものであります。
※複雑運動チックや複雑音声チックは、強迫などその他の症状が合わさってチックが出る場合もありこの限りではありません。
■チックを我慢するとどうなるの?
チックは短い時間であれば制御または目立ちにくくすることができる場合があります。
しかしながらチックを我慢すると、身体に感じるムズムズなどの不快感が徐々に強くなり、強いストレスに襲われます。チックを抑えるのに神経や体力を使うため、それ以外のことに対して同時に意識を向けることが難しくなるかもしれません。
以下の例えを用いて、もう少しわかりやすくチック症状に似た感覚を説明いたします。
◉蚊に刺されたときの痒みを前駆衝動とすれば、手で患部を「掻く」動作が云わばチック。患部を掻くとスッキリしますね。
◉瞬きをせず目をパッチリ見開いていると徐々に眼球が乾燥してきます。眼球が乾燥してくると瞬きをしたくなります、このときに感じる眼の違和感を前駆衝動とすれば、「瞬き」が云わばチック。瞬きをすればその違和感はやわらぎます。
皆さんはこれらの衝動を我慢し続けた場合どうなりますか?我慢しながら日常生活を送ることはできますか?前駆衝動はチックを行っても直ぐに再発してきます。重症のトゥレット症(チック症)当事者の場合、これらの何倍何十倍もの衝動に常に襲われています。
■チックの経過
トゥレット症(チック症)は一般的に4~6歳頃に発症し、症状の重症度は8~12歳頃にピークに達するといわれています。青年期にかけて発症の可能性は減少し、成人期の発症はまれです。
※一過性の運動チックや音声チックは小児期によくみられ、一過性(暫定的チック症)であることからトゥレット症とは区別されます。
トゥレット症の発症は、通常、瞬きや首振りなどの単純運動チックの一過性の発作によって特徴づけられます。音声チックは通常、運動チックの発現から1~2年後に始まり、当初は咳払いや単純な発声(例:あっ!あっ!、んっ!んっ!、甲高い音等)であることが多いです。
音声チックや運動チックの重症度は増減し、数週間から数ヵ月にわたって症状が寛解する人もいます。やがて症状はより持続的になり、個人や家族、学校や仕事など社会的な重要な機能領域への有害な影響を伴うことがあります。
しかしながらトゥレット症患者の大多数は、成人期早期までに症状がかなり軽減し、3分の1以上で症状が完治するともいわれています。
併発症がなく、トゥレット症と単独で診断された人の長期的な臨床経過は良好ですが、強迫症(強迫性障害)、注意欠如多動症(ADHD)、不安・恐怖関連障害、抑うつなどを合併している場合は、より慎重な対応が求められます。
チックの重症度によっては日常生活に大きな支障をきたすため、トゥレット症の正しい知識とチックに対する周囲の理解が大切です。
■トゥレット症の診断基準
トゥレット症の診断基準は、運動チックと音声チックが発症しており、チックが常にあるとは限りませんが、一年以上にわたってそれらが存在していることです。
瞬きや咳払いの単純チックは典型的なチック症状であり、軽症である場合が多いです。一方、叫び声や奇声を度々あげる重度の音声チック、自分の体を叩いたりする自傷を伴う複雑運動チック、不謹慎な言葉を発してしまう複雑音声チックである汚言症などは、日常生活に大きな支障をきたしてしまいます。
トゥレット症と診断されると自分の子供は重症なんだと不安に思ってしまう親御さんもおられるかと思いますが、一言でトゥレット症といっても軽症から重症までその症状の度合いは様々です。
チックがあっても特に気にすることなく普通に学校や仕事に行ける当事者、一方で字を書くことはおろか、食事をすることすらままならない、チックが酷く電車など公共の交通機関に乗れず、外出が難しくなってしまう当事者もおられます。
当事者それぞれ症状の度合いは全く異なるため、個々の対応も異なります。先ずは当事者のチックによる生活の支障度を見極め、当事者それぞれに合った生活環境、生活スタイルを整えてあげましょう。
◉暫定的(一過性)チック症・・・チックを発症してから1年未満
◉持続性(慢性)運動チック症・・・運動チックのみ発症かつ運動チックが1年以上持続
◉持続性(慢性)音声チック症・・・音声チックのみ発症かつ音声チックが1年以上持続
◉トゥレット症・・・運動チック及び音声チックが1年以上持続
※十分な治療を行ったものの、成人後も継続される重度のチックがあるトゥレット症は、難治性トゥレット症といわれたりもしています。
■トゥレット症有病率
・ICD-11(WHO)によると、学齢期の子供におけるトゥレット症の有病率は約 0.5% と推定されています。
・DSM-5(米国精神医学会)によると子供のトゥレット症有病率は3~8/1000人。また、子供の5~10人に1人がチックを経験していると言われています。
・アメリカ神経学会によると子供のトゥレット症有病率は0.4%~1.5%、持続性チック症有病率は0.9%~2.8%。
・成人のトゥレット症有病率は明確なデータはないものの、1000人に1人とも言われたりしています。
■チックの併発症
併発する障害のパターンは、発達段階によって異なります。トゥレット症の子供は、青年や成人と比較して、注意欠如多動症、強迫症、自閉スペクトラム症、分離不安障害を経験する可能性が高くなります。青少年と成人は、子供よりもうつ病や双極性障害を発症する可能性が高くなります。
トゥレット症とADHDの併発率は40%~50%、強迫症の併発率は10%~50%
また、トゥレット症は女性よりも男性に多く見られます (男女比は 2:1 ~ 4:1 の範囲です)。
■トゥレット症(チック症)の治療
日本国内では薬物療法(漢方含む)が一般的ですが、欧米では行動療法(認知行動療法)であるハビットリバーサル(CBIT)や暴露反応妨害法(ERP)もチックの治療として行われています。重症患者には、脳深部刺激療法(DBS)が行われる場合があります。
どのような治療を行う際にも基本となるのが、①家族ガイダンス、②心理教育、③環境調整です。
※家族ガイダンスや心理教育は、チックのある患者との接し方やチックに関する正しい知識、チックとの上手な付き合い方を患者やその家族が適切に理解するために行われます。
チックや併発症があっても本人が発達し適応していくことを目指して、本人および家族や学校などでの周囲の人々に理解を促す。
チックは悪化や軽減を繰り返しながら、出てくるチックも変わります、些細な変化に一喜一憂せずに本人の特徴の一つとして受け入れてあげましょう。
一年以上続く慢性のチックであっても、大人になる頃までには軽快していることが多く、その間に自己評価が低下したり社会適応が不良になったりしないことが大切です。チックのみにとらわれるのではなく、長所も含めた本人全体を考えて対応してあげましょう。
【参考文献】ICD-11、DSM-5、金生由紀子「チック症群/チック障害群」『精神医学症候群Ⅰ(第2版)』(別冊日本臨牀No.37)116-129頁、日本臨牀社、2017.
■トゥレット症・チック症当事者による啓発動画